ほんとうにちょっと近所のつもりだった。
ほんとうに悪気はなかった。
可愛いあの子はおしゃれなべスパ。
単車は予算的に無理だったけど50CCではこいつが一番イカシテた。
オレは機能よりもデザインやフォルム、愛すべき対象である身の回りの品全てに拘りを持つ美意識の高い人間なのだ。
だから、ほんとうに近所だったし、風呂に入ったばっかりだったから、ちょっとメットを被るのが嫌だっただけだ。
オレのさらさらのふんわりキュートな形をつくるヘアスタイルは研究に研究を重ねた結果で、メットを被るとぺちゃんこになっちまうんだから・・・・美意識としては許せなかった。
法定速度だって守っていたし、ちゃんと目的の品なめらかプリン・デュセールばぁ〜〜いampmがしっかり袋に入ってご機嫌だし・・・。
このプリンは寝る前に1個食べるのがささやかなシアワセなのだ。
なので、あとひとつ角を曲がったところでアパート到着とほっとした瞬間に出て来た白バイにオレは硬直してしまった。
「はい。免許」
「わかってるよ。なぁオレん家ここなんだよ。この上な。でさ、次はぜって〜〜にしねえし、本当に初めてなんだよ。被んなかったの。なぁオレ、後1点なんだよ。免停になっちまうと出前に行けねえんだ。あ・・・出前ってよ。オレ駅向こうのレストランで働いてんだけどよ、ランチタイムは出前もしてんだ。まあオシャレに言ったらデリバリーサービスってやつ?OLさんたちにも人気でよ。免停になっちまったら行けなくなっちまうんだよ。それってさすっげぇ〜困るわけ。な、困るだろう?だってよぉ。外に食べに出る暇もねぇレディたちにとって、オレのお届けするクソ美味えぇランチってよ。貴重なわけじゃん?オレはただの出前とは違うからよ。きっちり皿にも出して素敵なレディたちと語らいながら気持ちよくお食事してもらうわけよ。たかが弁当だけどされど弁当でさ、その地道な努力がリピーターを生むんだ。また会いたくなっちゃたぁって夜にも来てくれるようになったりして、こう・・・恋の芽生えの予感っての?そういうのもあるかもしんねえしさ、なぁ聞いてんのか?」
「免許出して」
オレサマが必死にお願いしてるっていうのに、白バイから下りたポリ公は憎らしいくらいに話をスルーしやがってサングラスも取らずに手を出している。
しかたねえからしぶしぶ免許を渡すと、じろじろっと眺めながら、妙な迫力で睨みつけてくる。
ちくしょ〜オマワリじゃなかったら、メンチ切られたまま黙ってるサンジ君ではないが、ここはぐっと我慢だ。
野郎に我慢はかなりの忍耐力が居るが、ここで点数を引かれるわけにはイカねえ。
「なぁ。頼むよ。今度さ、店来たらサービスするしよ。な。魚心あれば仏心だろう?」
まくし立てるオレにヤツはじろっとこちらを向く。
オレも負けまいと睨む。
いや・・・睨んじゃ駄目じゃねえか!喧嘩じゃねえんだから。笑え。笑え。笑うんだオレ!
必死に顔を緩めて、オレはにへらっと笑った。
するとヤツが口を開く。
「バカかテメエ。魚に仏心出してどうすんだよ。水心だろうが、それにな、俺は公僕だから、賄賂は受取れねぇの諦めな」
バカにされた。
こいつ鼻で笑いやがった。そりゃちぃっとばっかし言い間違ったけどよ。
ちくしょ〜ムカつくやつだ。
「何言いやがんだよ!諦めるわけにはいかねぇんだよ!仕事干されちまったら、どうやって飯食ってけばいいんだよ!!」
オレが飯と言った瞬間にヤツの腹が鳴る。
「なんだよ。テメエ腹減ってるの?じゃ丁度いいじゃねえか。オレが美味い飯食わせてやる。飯食わせるのは賄賂じゃなねえだろ?」
「オメエ作れるのか?」
「テメッ!オレサマの話を聞いていなかったろ?オレサマは料理人なんだよ。テメエなんかにゃもってえ〜ねえ〜〜くれ〜〜〜の料理作ってやる」
ヤツは少し考えるようだ。おし、あと一押し。
「どうせ1人暮らしの寂しい生活なんだろう?部屋だって汚ねえんだろう?オレが行って掃除もしてやる。どうよ。ここまで言ってやってるのにまだ何か文句あんのか?」
「賄賂に・・・」
「バカ!ダチなら賄賂になんねえだろ?テメエの名前は?」
「なんで俺がオメエに名前教えなくっちゃなんねえんだよ」
「バカか、公僕なら名前聞かれたら応える義務なんだろうがよ。ってそうじゃなくて、ダチなら名前くれえ知ってるもんだろ?名前は?」
言いながらヤツの出した手帳を奪うようにして開く。
「ロロノア・ゾロ巡査部長?ロロノア?」
「ゾロだ。ダチはそう呼ぶ。」
「よしゾロ!テメエとオレはダチだ。たった今から!」
そう手を出すと、ゾロも反射的に手を出してくる。
しっかり握りしめてぶんぶんふりながら、どうやら免停を免れたことをほっとしたオレだった。
これがオレとゾロの最初の出会いだった。