翠に輝く魔晄の瞳は美しく研磨された宝石と同じ形をしている。
瞬間、見て、逸らし、伏せる。それが合図だ。
仕掛けているセフィロスも無意識にやっているこの合図を、どうしてだろうかクラウドだけは敏感に察知する。ただの一般兵でしかない少年が、だ。
“サー”という称号を、本人の意思とは関係なく得ているセフィロスは、正しくソルジャーのトップとして君臨している。
味方からは“英雄”と讃えられ、敵からは悪魔とも殺人兵器とも畏れられているのだ。
同じ人間以上であるソルジャー達からも、対等だとは思われていないのは、記憶にある初めから。
神か魔か。何にしても、己という存在は人ではないのだ、と。
誰も神や魔を正面から見定めようとはしない。畏れ奉るか、崇めつつも利用するだけで。
何千人の味方。その何倍もの敵を屠り、セフィロスは生きてきた。
そんな中で唯一人クラウドだけなのだ。セフィロスを一個の人格を持つ存在として、必要以上の畏れもなく、受け入れてくれているのは。
クラウドは青い瞳をじっとセフィロスに向ける。
深く、それでいて純度の高い澄んだ青の色合いは、様々なモノを映し出す鏡だ。クラウドという少年を鮮やかに彩っている。
今もそう。セフィロスの誘いを受けたクラウドの眼差しが動く。きっと羞恥だ。
クラウドはその若い年齢もあろうが、性的には全くの無垢。
数ヶ月前初めて口づけた時も、抱いた時も、クラウドは羞恥を強く感じていたものの、嫌悪はなかった。
実際心の底ではセフィロスとのセックスをどう整理しているのかは定かではないものの、陵辱されているとも、汚されたとも、そういうマイナスにはとっていないようだ。
セフィロスから見るクラウド=ストライフという少年はとても聡明だ。その上賢しくはない。
多くのごちゃごちゃしたモノを有りの侭に見定め、有りの侭に受け入れてしまう。
そして、この少年は戸惑う。
受け入れられない、理解出来ないモノは、予め受け入れない、見ないようにする、こういう類の強さ〜残酷さ〜をクラウドは持ち合わせてはいないのだ。
時として少年が考えすぎるあまりに躊躇ってしまい、どこかで己自身を卑下しているような行動をとってしまうのは、器用さを装い逃げ出してしまうのを潔しとはしない、クラウドの性質が原因なのだろう。
正に――両刃の剣なのだ。
これはセフィロスにも当てはまる。彼にとっても少年は両刃の剣だ。
外見の美しさだけでしかないのならば、彼はクラウドを抱かない。
容姿の美しさだけならば、セフィロスの内に巣くう闇は満たされない。
セックスという行為に肉の快楽だけを求めるのならば、そんなものは必要ない。
自慰すら必要ないほどに、セフィロスにとって肉欲は無縁なものなのだから。
ソルジャーだから、というのではなく、どうやらセフィロスだけの特質らしい。
むしろ他のソルジャー達は、魔晄を浴びソルジャーとなることで、性欲が増す。
どうして己だけなのか。これも神羅や宝条らによってさんざん弄くられた実験の果ての結果からくるものなのか。
よくは解らないが、こう認識はしている。
つまり自分という男は、本来生物がDNAの段階で擦り込まれている、種の保存という機能が、どこか欠けてしまっているのだ、と。
だからなのか、容姿の美しい女や男にも特に魅力を感じない。セクシャルなタイプにも、同様だ。
あからさまにセックスを匂わせるのは興ざめでしかなく。
唯一人クラウドだけが、陽の部分でも陰の部分においても、セフィロスを惹きつけて止まない。
この感情がよく他人がやかましくさえずっている“愛”だの“恋”だのかどうかは、首を傾げるしかなく。
はっきりしているのは、もしクラウドが死ぬとすれば、きっと己の手に掛かってであろうこと。
クラウドが自分以外に殺されてしまうなど、とても我慢が出来ない。
IF(もしも)――と想像するだけで血が怒りにたぎる音がするのに。
クラウドが死ぬのならば、絶対に俺が殺してやろう、と。
こう考える度に感じるのは、きっと己はクラウドによって殺されるのだろうという予感だ。
ソルジャーでもないただの一般兵でしかないクラウドが、どうやってソルジャートップを殺せるのか。
クラウドの能力云々とは関係なく、あまりにも実力が違いすぎるのに。
理性の主張は尤もだが、感情は耳を貸さない。
――クラウドは、俺を殺す。きっとやる。
そして――俺がクラウドを殺す。
――クラウドが俺を殺す。
この捻れた二つの考えは、どちらも正しいとしか思えない。
二匹の蛇が、互いに尻尾から相手を呑んでしまうような、奇怪なねじれた思考に苛まれつつも、どうしてもクラウドを抱くのを止められない。
真夜中過ぎた頃、誰も知らないセフィロスの隠れ家に、クラウドがやっと来た。
身に纏う衣服からわずかだがアルコールの匂いがする。
人という種のレベルを超えたソルジャーの知覚は、普通では知り得ない情報をもたらしてくるのだ。
クラウドは酒の席にいた。一人ではないだろう。同伴者はきっと――
――ザックス…か。
陽気な部下が親しげにクラウドと接している図を脳が描き、セフィロスの柳眉がきゅっと寄った。
この不快感はなにもザックス個人に向けられたものではなく、その実自分以外の、自分が知らないクラウドを取り巻く全てに向けられている事を、もちろんセフィロスは気づいていない。
だから、つい出たのは、
「――…遅かったな」
あからさまに棘のある台詞。
良い意味でも悪い意味にも、己の感情の変化を滅多と出さないセフィロスのあからさますぎる態度に、クラウドは素直にいぶかしむ。
遙か高い位置にある、完璧すぎる容貌をじっと見上げる。
クラウドの青に見つめられ続けると、心がざわめく。自覚はしていないが、これは焦燥と呼ばれる感情であった。
「飲んでいたのか…」
「みんなに、誘われて」
普段のセフィロスならば、クラウドの心情を余裕で考慮出来ただろうに。
クラウドは一度心を許した相手への嘘が致命的に下手なのだ。
酒の席へと誘ってきたのが仲の良い友人ならば、ましてやザックスならば、下手な言い訳はすぐバレる。追求を招くだろう。
怪しまれ、どこに行くのか?何か用でもあるのか?としつこく訊かれ続けるだろう。クラウドが満足のいく答えを、つまり本当の事を打ち明けるまで。
セフィロスとクラウドの間に肉体関係があるのを、まだ誰も知らない。隠すような罪悪感は持ち合わせてなどいないが、吹聴するような話でもない。
自ら話す時がくるとしても、それは少なくとも互いの気持ちがもっとちゃんと形になってからだ。なにせ今はまだ自分自身でも理由がないままなのだから。
そのくらいは疎いクラウドでも判断はつく。だからこそクラウドは今夜の仲間の誘いに応じたのだ。
こんなクラウドの思考形態など、セフィロスにとっては手に取るように容易いだろうに――
――どうして、怒ってるんだ!?
じっと見上げてくる青に晒され続けるのにいたたまれなくなったのか、セフィロスはおもむろにクラウドの細腰を抱え上げると、そのままベッドルームに向かった。荷物のような気遣いのなさで、クラウドをベッドに投げ出す。
セフィロスを知る者ならば、首を傾げたくなる乱暴さ。キングサイズベッドの上で、適度なスプリングによって弾んだクラウドは、警戒態勢に入った。
当然のように覆い被さってくる男の身体から逃げ出す。
なにせ相手はセフィロスなのだ。とても通常の人間ではない。
恵まれた体格だけでなく、ソルジャーとしても異常に発達した身体能力を有するセフィロスに対し、クラウドは年相応よりもやや華奢でしかなく。
いつもならば抵抗などしないが、今はこの腕に囚われる訳にはいかない。
なにせソルジャートップに立つ英雄セフィロスは、腕一本でクラウドを捻り潰せるだけの力を持っているのだから。
――何をされるのか…
本能がまず逃げを選ぶ。
だがこの些細な抵抗がセフィロスの神経をより一層逆撫でした。
火に油を注ぐようなもの。セフィロスは完全に鬼となる。戦場で血を求める時、そのままに。
長い腕が目で追いつけないスピードで伸びてくる。クラウドの両足首を掴むと、力任せに引き寄せた。
セフィロスのサイズからすれば、クラウドは二回りほど小さい。セフィロスの両手に足首はすっぽりと入り、尚かつ余っていた。
大きく強い手に鷲掴みにされた瞬間、ぎしり、と骨が軋む音をクラウドは肌から伝わってくる振動で聞く。
「や…やめ……」
いくらどれだけジタバタしようが、掴まれた足は思い通りに動かない。まだ拘束されていない腕を振り回す。何発か当たったが、セフィロスにとってはそよ風のようなものか。
無言、無反応のまま、引き寄せた華奢な少年を裏返す。ウェスト部分に手をかけ、履いていたジーンズを下着毎一気に引き下ろした。
小さく引き締まった、白く丸い尻が剥き出しになる。金色の産毛が怖気立つ。
――まさか!
そこに――クラウドの意志は関係ない。
腰をむんずと掴むと、尻を引き寄せる。何時の間に取りだしていたのか、長大な肉の凶器が準備の出来ていない少年のアナルを貫く。
容赦の欠片もない。絶大な力だけで押し入ってくるペニスは、アナルを文字通り切り裂く。辺りが血臭にまみれる。
「ががががが」
酷すぎる痛みに呼吸さえ出来ない。
クラウドの口からは、詰まった声だけが切り裂かれる反動で、押し出されるだけ。
人形どころか、壊れたダッチワイフだ。
こんな状態のクラウドには委細構わず、セフィロスは腰を機械的に動かしていった。数度射精してやっと動きが止まった時には、クラウドはただ襤褸クズのように血と精液にまみれていたのだ。
セフィロスを正気づかせた切っ掛けは血の匂いだ。
酷い、まるで戦場で血を浴びた時のような。
目の前をゆうるりと赤が流れて染みこんでいく。
それはとても美しい赤だった。戦場でよく見かける濁った赤ではなく、生命力に溢れる鮮やかな赤。
それが何なのか解らないまま数度瞬きを繰り返していると、世界は徐々にはっきりとした形を成していった。
赤はとてもきれいな人形から流れている。くすみのない見事な金の髪を持つ人形は、高価な青いガラス玉の瞳をしていた。
細い弓なりになった眉。生気のないガラス玉で出来た青は、髪と同じ金色の睫毛によく映えている。
筋の通った鼻梁。小さな小鼻。形の良い唇。どのパーツも整いすぎている。
身体もそうだ。発展途上の薄い筋肉がついたしなやかな死体は、透き通るように白い。
ただ…引き締まった小さな尻の間から流れ続ける赤さえなければ――
「ク……ク・ラウド…」
――これは…現実なのだろうか。
目の前にある人形はクラウドに似すぎている。
――そんな馬鹿な。
まさか、人形だろう。
誰が造ったのか悪趣味すぎるが、決定的に本物のクラウドと違うのは、深い貴重な青の瞳が、ただのガラス玉でしかないという事だ。
――でも…
――でも、似すぎている…
いや。これは人形だ。
――血が流れる人形などない。
そうだ。この赤は血だ。その証拠にここの空気はやけに血なまぐさい。
ならば――これが本物のクラウドであると認めるというのか。
――これが…クラウドだとすれば…
「血が――、こんなに流れている」
乾ききった声を出して、世界が動く。
セフィロスは長い腕を伸ばし、きれいすぎる顔を辿ってみる。
人工では出来ない柔らかさ。そして何より指先に感じるのは、浅い浅い途切れそうな呼吸。
「クラウド――」
全てが重なる。
自分が何をやったのか。クラウドがどうしてこうなってしまったのかも。
どうして、こんなに血なまぐさいのか、も。
セフィロスは、力なく投げ出されたままの細い太股をそっと開く。出血の源にケアルガをかける。
切れてしまった腸壁と、寸断されてしまっている肛門筋を修復。血を止めた。
クラウドの身体はすっかりと冷たくなってしまっていた。全裸だったからではなく、血を流しすぎたからだ。
――暖めなければ。
血で汚れていないブランケットで少年を包み込む。そうしてブランケットごとクラウドを抱きしめて囁く。
「スリプル」
ことん、と瞼が落ちた。ガラス玉の青は見えなくなった。
闇の中でクラウドは覚醒する。ベッドの中で目をゆっくりと開くが、本当に何も見えないのだ。
まばたきをしようとすると、闇から声が振ってくる。
「頭は振るな」
感情の乏しい低い声だったが、これはいつもの、クラウドが良く知るセフィロスのものだ。ホッと安堵する。
「……なんか、暗い」
声のする方へと目を凝らそうとするが、やはりよく見えない。
と、大きな手が目の上に当てられた。掌だけでクラウドの小さな顔がほとんど隠れる。
「血がまだ足りないのだ」
――ああ…そう言えばそうだった。
「ケアルガをかけておいた。傷は治っている筈だが、血は足りないのだろう」
ぼんやりとされた事を思い出す。不思議と怒りはわかない。
それよりもセフィロスが気掛かりだった。自分より大きくて逞しくて、誰よりも強い英雄がとても気になるのだ。
「痛みはないか」
すまない――と言ってしまうのは容易い。それで気が済む。
だが軽々しく謝罪を口にしないセフィロスの心情が、クラウドには痛いほど良くわかった。
きっとセフィロスは記憶にないという少年時代をやり直しているのだ。
一番多感な時期を、記憶にはないが確かに経験したのであろうその時代を、クラウド相手に体験し直している。
思春期には制御できない感情に直面することは多々ある。それがこれなのだろう。
セフィロスがセフィロスだから、事が重大に激しくなるだけで。
そう考えてしまえばさっきの暴行も許せる。
そのうちに目に光が戻ってきた。銀色の光がさらさらと揺れている。
――セフィロスだ。
銀の光に向かって両手を伸ばす。この行動をどうとったのか、慌てたように銀の光が動いた。
「どうした?」
みんなはセフィロスには感情が欠けているって言うけど。
――オレには解る。
――あんたはオレを心配してくれてるんだ。
そして、
――オレの怒りを畏れている。
それは、つまり、
――あんたにとってオレは、ただの抱き人形じゃないんだな。
それならば――満足だ。それでいい。
「痛くない――どこも痛くないよ」
でも、
「キスして。抱きしめて」
「――…クラウド」
躊躇するセフィロスを、クラウドはとても素直に求める。
「オレを抱いて。挿れて。気持ちよくさせてくれ」
「だが……それは――」
「いいんだよ。オレがあんたを欲しがってるんだ」
さっきのはセックスじゃなかった。だから、もう一度。今度はちゃんとしたのを。
無心に、幼子のようなひたむきさで、己を求めてくるクラウドを、とても拒めない。
キスして欲しいと。抱きしめてくれ、と。
セフィロスは従う。クラウドの感じる部分を、時間をかけて丁寧に優しく犯した。
いつものスイッチがONになったような、機械的な目覚めではない。
物足りなさをしきりと覚えて、セフィロスは覚醒した。
広いベッドはぐしゃぐしゃだ。ブランケットもシーツも、好き勝手な方向に向かってよじれている。
と、物足りなさの原因はすぐに解った。
――どこだ?
クラウドがベッドにいない。
弾かれたように身体を起こすと、すぐに金色の頭が見えた。クラウドはベッドの下にずり落ちていたのだ。
薄いシーツだけを身体に巻き付けて、規則正しい寝息を立てている。クセの強い金髪が朝日を弾き輝いていた。
昨晩目の前にあった人形の寝顔ではない。朝日に照らされたクラウドは、生命力に満ちた気高い生き物だ。
どうして、ここまで自分がクラウドに囚われているのか、理解出来た気がする。
クラウドは生きている。セフィロスに劣らない、対極にあるだろうエネルギーに満ちあふれている。
セフィロスにも媚びない。思い通りになった試しなどない。
些細な事に傷つくのに、辛くとも険しくとも己の道を切り開く力を持っている。
人付き合いに不器用な少年なのに、誰かを救いたいと願うだけの、しなやかな魂があるのだ。
簡単に諦めない。失敗をしても、くじけても、それでも人を信じ助けるべく、剣を構えて戦う潔さがある。
それはどれひとつとってもセフィロスにはないものだ。
単なる少年の青臭さだと言い切れない部分で、セフィロスは少年を大切にしてやりたいのだ。
これを愛だと言うのならば――
――好きに呼べばいい。
少なくとも、クラウドとこうなったのを恥じる気持ちはない。
静かになるべく音を立てず、セフィロスはベッドを降りる。
全裸のままの姿でクラウドの傍らに添うと、そっと背後から眠ったままの少年を抱きしめた。
安定が悪くならないよう、首の下に手を差し入れて腕枕をしてやる。余程疲れているのか、抱きしめても腕枕をしても、少年は目覚めない。
あちこちにはねる金髪に鼻先を埋めた。揃えられない毛先のくすぐったさが、愛おしい。
少年の匂いに包まれながら、セフィロスは二度目の眠りに落ちていった。
END