11歳の冬

ベッドタイム・ストーリーシリーズ

ニブルヘイムの夏は短い。ニブル山の山頂には雪が白くかぶっている。
狩猟の季節もあとわずか。半月もしないうちにこの辺りも雪で埋まるだろう。
少し冷たくなってきた風をうけ、クラウドは早足になった。

クラウド・ストライフ。11歳。やや小柄な少年だ。
見事な金髪碧眼。クセの強い髪には無造作にハサミがいれられている。
細い眉に切れ上がった双眸。整った鼻梁と繊細な唇。
将来の成長を考えると唸ってしまうほど端正な容貌だが、この少年には致命的に欠けているものがあった。
生気――この年齢の男の子には必ずあるであろう、自分を取り巻く世界に向け発散する好奇心のエネルギーが感じられないのだ。
よって少年はその容貌が端正であればあるほど、良くできたマネキンのよう。整っているがただそれだけ。惹きつけられるだけの魅力を殺してしまっている。
これは内面の問題、少年の生い立ちが大きく関係していた。

クラウドは母しか知らない。父いない。顔も名前すらも知らない。
小さな村の中でその存在は無視され、いない人間として扱われてきた。
私生児であるというのですらも、村の人の陰口から察したのだ。母の口からは父について何も聞かされていない。
クラウドが察するに父とはニブルヘルムにやってきたよそ者だったそうだ。
村での滞在はわずか数ヶ月に過ぎなかったそうだが、母にクラウドを残していった。そして死んだそうだ。
この事が真実なのかどうかクラウドに知る術はない。
時折母は何とも言えない眼差しでクラウドを追いかける。眼差しの先にはクラウドしかいないのに、本当に追いかけているのは自分以外の他の誰かなのだと、そうクラウドが理解した時、浮かんだのが父だった。
母はクラウドの中に父を求めている。母の心にはまだ父が生きているのだ。
好意からか、それとも己と息子を捨て、先に死んでしまった男を憎んでいるからなのか、クラウドには解らないが。
だがそうやって何時までも父を忘れていないのに、かと言って父の名さえ息子に告げようとしない母が無性に恐ろしくなる。
まだほんの子供でしかないクラウドには、愛憎など理解出来ないのだ。

父のないクラウドは小さなニブルヘイム村で異端として嫌われた。徹底的に存在を無視され暮らしてきたのだ。
母以外は誰もクラウドに接しようとはしない。
この孤独から救ってくれたのが、クラウドとある意味同じ村の異端者だった。
ニブル山の入り口に一人住むハンターだったのだ。
名は誰も知らない。本人も口にしない。
50代に入ったばかりか。白髪の目立ってきたヒゲで覆われた顔は厳つい。
逞しい体躯は岩のようだ。村で一番強いとされているティファの父でさえ、見劣りして見えた。
おまけに服を脱ぐと荒縄のように捩れた筋肉の上にある皮膚は、古傷で一面に覆われていた。
名乗らないこの男を村人は山おじと呼ぶ。

山おじは10年ほど前クラウドがまだほんの赤ん坊の頃に村に流れてきたらしい。
そのままモンスターのいるニブル山の登山道入り口に住み着き、周辺で狩りをして生計をたてている。
厳つい容貌のせいで一目置いた存在として恐れられていた。
この山おじとクラウドは妙にウマがあったのだ。
無口であまり感情を露わにしない気性が似ているのか、同じ年頃の村の子供達から虐げられて行き場のないクラウドは、自然と山おじの狩りを手伝い始める。
山おじは無言のままそれを許す。ナイフの扱いを教え、獲物を捌くのを手伝わせた。
罠の作り方や仕掛け方も教えた。
クラウドが10歳になった時には、山での心得と狩猟の心得を教え、危険の少ない猟には連れて歩くようにさえなる。
同時に獣からの逃げ方、戦い方も教え込んでいったのだ。
11歳になった今では、クラウドが自分で罠を作り仕掛け、獲れた獲物はクラウドのものとして与えてくれた。
山おじは村で唯一人クラウドを認めてくれる人間なのだ。

クラウドは昨日ニブル山のすそ野にあるいわばに罠をいくつか仕掛けた。
昨日仕掛けた罠の場所までやってくる。3つ目の罠に野ウサギがかかっていた。
――今晩は兎のシチューだ。
裕福ではないクラウドの家では、このクラウドの獲物が食卓を豊かにしている。
初めはクラウドが狩りをするのを嫌がっていた母も、今では獲物を待っていてくれているのだ。
野ウサギを背負ったザックに入れ、クラウドは山おじの小屋にむかって歩き出す。
と、急に何かを感じる。何かの視線だ。
ハッと左右を見渡す。なるべく自然な動作に見せかけて。
うるるるる〜
獣のうなり声。100メートルほど離れた高い位置にある場所に一頭の獣がいた。
炯々とクラウドを睨み付けている。
――ただの獣じゃない...
血がスッと下がる。モンスター――ニブルウルフ。

手足が勝手に震え出す。ガチガチと奥歯がなりそうな歯の根をクラウドは強く噛む。
――考えろ。考えるんだ。
冷静になれ。落ち着け。
山おじはなんと言った?モンスターに遭遇してしまった場合の対処法は?
山おじは実に多くの、多岐に渡る知識を有していた。
モンスターにも詳しく、いくつものモンスターの生態や名前を教えてくれた。
ニブルウルフは、その名の通りニブル周辺に生息するモンスターだ。だがこの辺り一帯には出現しない筈だったのに…
確か、毒も持っていなかった。魔法もない。
恐ろしいのは『体当たり』と『キバ』。『遠吠え』で仲間を復活させることも出来る。
この四つ足のモンスターは狼に似ている。逞しい足で駆け、宙を蹴り、鋭い牙と爪で獲物を引き裂くのだ。
魔法防御などを一切持たないクラウドにとって、組みやすいモンスターなのかも知らないが、如何せん、軍人でもなく体格が劣る少年には荷が重すぎる。
又戦うにしてもクラウドが持っている武器といえば、刃渡り25センチばかりの、手に余る大きさの諸刃のナイフのみ。
一通りナイフ捌きを習得したクラウドに、山おじがくれたものだ。母以外の他人から貰う初めてのプレゼントだった。
クラウドは自分の手には大きなナイフをとても大切にしている。
まずクラウドはなるべくモンスターを刺激しないよう、ゆっくりと動く。背負っていたザックを降ろすと入っていた野ウサギを取りだした。
すぐ傍にある岩の上によく見えるように置いて、その場から少し離れる。
もしモンスターのねらいが獲物である野ウサギならば、クラウドから感心が離れるはず。
――やはり、ねらいは僕なんだ。
ニブルウルフが狙っている獲物は、チンケな野ウサギではなかった。
活きのいいエサ。クラウドのみ。
絶体絶命の状況にあるのにも関わらず、狙いが自分なのだと悟った瞬間、クラウドの頭は冴える。恐怖が、消えた。

この岩場はクラウドにとってよく知り尽くした場所だ。
どんな大きさの岩がどこにあるのか。平地はどこか。身を隠せるだけのスペースはどこにあるのか。全部知っている。
俊敏さでもパワーも、攻撃力もなにもかも、ニブルウルフの方が数段上。
それでも、
――戦うしかない。
先手を取られれば、負ける。それはすなわち即死を意味する。
思考は切れる。ここからの行動は全て本能。
両足のバネを思い切りたわめ、クラウドは斜め後方にある大岩を見ることなく飛び乗った。
がうっ。と一吠え。ニブルウルフも飛びかかってきた。
かなり大きい。クラウドなど爪の一閃で殺されてしまうだろう。
飛びかかってきた狼型モンスターを目の端に捕らえながら、大岩の下に素早く潜る。
大岩の大きさはトラックが乗るくらい。この大岩は逆三角錐の形となっている。岩の足下部分は削れており細い。到底自重を支えられない。
本来ならば不安定でこうやって立っていることは勿論のこと、さっきやったようにクラウドが飛び乗ることも出来なかっただろう。
でもこうやって大岩が崩れずに存在し、ましてやクラウドが飛び乗れるのには理由があるのだ。大岩は細い足下部分で他のいくつもの岩で支えられているのだ。
支えている岩はいくつも重なり並んでいる。こうやってそれぞれの岩が他の岩を互いに支え合い、テーブルの足の役割を果たしていたのだ。
潜ったクラウドは四つん這いになって岩の隙間に入り込む。岩の間をぬっていく。
大岩の下は実に複雑な迷路となっていたのだ。長い時間をかけて岩達が作った自然の迷路だ。
幼い頃からクラウドはこの迷路に親しんできた。山おじと共に狩りをするようになってからは、遊びとは別の意味でこの迷路の構造を知り尽くしていたのだ。
この迷路は決して狭いばかりではない。ニブルウルフでも通れるだけの広い通路もある。
だが少年クラウドでさえ窮屈で身体を通すのがやっとでしかない、狭い通路もあるのだ。
通路が通れないほど狭ければ、ニブルウルフは最初から追ってはこない。迷路の出口を探してそこでクラウドが出てくるのを待ち伏せるだろう。
それではだめだ。ニブルウルフにはクラウドを追いかけてもらわなければならない。
クラウドの匂いを辿り、クラウドの通った通路を追いかけてもらわなければならないのだ。
クラウドはニブルウルフが通れるぎりぎりの通路を選び、ある出口へと向かう。
出口はすぐにやってきた。乾いた冷たい空気を有り難いと素直に思う。
同時にこれまでにない緊張もした。クラウドの戦いはこれからなのだ。


ニブルウルフにかなりの差をつけ、クラウドは岩から飛び出す。
クラウドより身体の大きなニブルウルフは、いくら敏捷な狼型モンスターであるといえども、狭い通路を追うため、本来のスピードからかなり落ちているのだ。
飛び出した先には背の高い針葉樹があった。大きく突き出した枝が一本。そこにはワイヤーで出来た罠がぶら下がっている。
野ウサギが掛かった罠を見に行く少し前に、クラウド自身が取り外したものだ。丈夫なワイヤーのテグスを輪にしてある。
岩の上に飛び乗り枝から輪の部分を取ったクラウドは、テグスの輪の大きさを広げた。
ある程度は大きく。ニブルウルフの頭と首までが通るくらいに。でも首から抜け胴体にまでは通らないだけの大きさに。
広げた輪の部分をさっき自分が飛び出してきた出口に仕掛ける。これで罠は一方の端、輪を作った部分が出口に、枝を伝いもう一方の端をクラウドが握る形となった。
特に注意深く感覚を研ぎ澄まさなくてもよくわかる。モンスターの凶暴な息づかいだ。
だんだんと近づいてくる息づかいを感じながら、クラウドは岩に身を伏せる。ちょうど真上から出口を見下ろせる場所に移動した。
わうわうっ。
――来た!
察知した瞬間、飛び出してくるモンスターを確認するよりも前に、クラウドは全体重を乗せワイヤーの端を引っ張った。
がうっ〜んっ!
見事ワイヤーの輪は飛び出してきたニブルウルフの首を捕らえた。だがこれだけではニブルウルフの大きさとその力に、クラウドは耐えられなくなるだろう。
クラウドは勢いをつけ岩の上から飛び降りる。自らがモンスターを吊す重りとなる為に。
勢いをつけて飛び降りたクラウドの体重に重力が加わる。罠が通っている枝を基点に、わずかな力でニブルウルフは宙に浮き首吊り状態となった。
そのままの勢いで岩の間に紛れて固定してあるフックに、持っていたワイヤーの端を引っかけて縛る。
宙づりとなったニブルウルフが牙を剥きだし泡を吐きながら暴れる。渾身の力で暴れるたびに、ワイヤーはきつく締まりそのまま肉に食い込んでいく。
ここまでを確認すると、クラウドは宙づりになったニブルウルフからある一定の距離を取った。
細心の注意を払い、持っていたナイフを構える。足を肩幅より少しだけ広く。腰を落として左肩を前へと押し出すように。
ナイフを持つ利き腕である右手を脇腹まで引いて。
うがががー!
流石はモンスターだ。獣ならばすでに首が千切れているだろうに。獣とも人間とも違う粘着質な血が滴ってはいるものの、暴れられるだけの力はまだ残っている。
相当丈夫なワイヤーだから、まずは切れないだろう。第一首の肉までがっちり食い込んでいるのだ。
ニブルウルフの息の根が止まるのも時間の問題だろうが...クラウドはこう判断するものの、警戒は緩めない。
――このままじゃあ済まない。
そんな不吉な予感がするんだ。

クラウドの予感は当たった。ワイヤーが切れたのでもなければ、首から外れてしまったのでもない。基点となっている枝が負けたのだ。
ぽきり。と乾いた音と共に枝が折れてしまう。暴れている勢いそのままで、ニブルウルフは岩に叩き付けられた。
クラウドは自身でも不思議なことに、かなり冷静にその光景を観察していた。
首周りにワイヤーを食い込ませたニブルウルフが、身体を起こし、狙いを見定めて、強烈な殺意を剥き出しに、自分に向かってくる様子を。
奥歯を強く食いしばる。腰を落として、負けじと睨み付けた。
青の瞳は今にも襲いかかろうとするモンスターと同じ色はしていない。彼は全くの無でありながら、自分の数倍の大きさはある凶悪なモンスターを迎えたのだ。
さすがのニブルウルフも無傷ではない。肉に食い込んだワイヤーはそのまま。
おまけに枝が折れた時には巨体を重力と引力によって激しく岩に打ち付けているのだ。
あの時、確かにクラウドは肉と骨が強く打ち付けられ、どこかがひしゃげる音を聞いた。
なによりワイヤーの端は地面に打ち込まれているフックに繋がっている。
ワイヤーの長さには限界がある。それでニブルウルフの動きもかなり制限される筈。
だがこの事実はクラウドをピンチにも陥れる要因となっている。
ワイヤーはそんなに長くはない。この岩場から走り去ってしまえるような長さはない。
つまりニブルウルフはこの岩場から逃れられない。モンスターは傷つけられた凶暴な感情をクラウドにぶつけるしかないのだ。
これはクラウドも同じだ。クラウドの脚力では到底怒れるニブルウルフからは逃れられやしない。
少年とモンスターは戦うしかないのだ。
禍々しい体毛を首から流れる血で染め上げ、やっと立ちあがったニブルウルフは、憎悪の滴る眼差しでクラウドを射抜く。
――戦うんだ。
クラウドの実力ではとてもモンスターの攻撃はしのげない。例え相手がかなりの傷を負っていようとも。
受け身の防御ではすぐ殺される。
――こちらから仕掛けるしかない!

先手をとったのはクラウド。小さな身体をゴムのように弾ませ、ワイヤーに飛びつく。
ニブルウルフとて一度手痛い目にあっていれば、獣ほどには学習する。クラウドをワイヤーに触れさせまいと牙を剥き、正面から突っ込んできたのだ。
これをクラウドは待っていた。逃げなかった。それどころかやってくるニブルウルフに向かって、自ら猛然と向かっていったのだ。
ニブルウルフの動きは傷の為、精彩を欠いている。これはクラウドには幸いだった。
いつもより遅いモンスターのスピードと比べ、クラウドはスピードに乗っている。
今正にクラウドの首へと牙を立てようと大きく開いた口へとナイフを――。
狙うのは一点。並んだ牙の奥の奥。クラウドはトップスピードでナイフを突き立てる。
カッと腕が燃える。確かな手応えを覚えナイフの刃先をコントロールした所で――クラウドの意識は途切れる。


気が付いたらベッドの上だった。気を組まれて出来た殺風景な部屋には見覚えがあった。
「…気が付いたか」
身体を起こそうともがくクラウドの肩を、山おじは充分すぎる優しさで押す。
「お前、自分が何をやったのか覚えているか」
「――...モンスターに会った」
あの禍々しさ。
「あれは...ニブルウルフだった」
そうだな、と山おじはクラウドの右手を取ってみせる。
まだまだ未発達の腕は白くて華奢だ。手の甲から肘の上まで、クラウドの右手は包帯で覆われていたのだ。
「...ケガ、したのか...…」
山おじの分厚い掌と比べると、クラウドの腕は作り物のようだ。
分厚い手は無骨に見える。その手が信じられないほど繊細な力で包帯を撫でた。
「なあに、引っ掻き傷だ。毒もくらってない。すぐ良くなる」
それより、クラウド。
「わしが岩場にお前を探しに行った時、お前と死んだニブルウルフが重なって倒れていた」
もつれ合って、身体を真っ赤に染めて。
「口の中を狙ったんだな」
「――そうだ…僕はナイフを口に突き刺したんだ」

どんなに頑丈な皮膚を持つモンスターでも急所はある。こう教えてくれたのも山おじだ。
あの時、ニブルウルフと戦わなければならないとナイフを構えた時には、すでに心は決まっていた。
――口の中だ。
噛む、という動きは上の顎と下の顎が噛み合わさる状態を言う。
つまり噛み合わせる事が出来なければ、牙が突き刺さりはしても噛み裂かれはしない。
その上どれだけ鋭い牙があろうとも、口の中、口の奥は立派な急所だ。
どの動物も口内は柔らかく、口蓋の骨は壊れやすい。
大して力は必要としなくとも、喉の奥を突き刺し、骨を貫けばすぐに脳に当たる。
上顎と下顎が噛み合わさるよりも早く、喉奥にナイフを突き立て、口蓋を破れば、ニブルウルフは死ぬ。
危険で捨て身の戦法だが、クラウドにはこれしかなかったのだ。

「僕のナイフは刺さったんだ――」
「脳に突き抜けていた」
クラウド、
「お前は一人でニブルウルフを倒したんだ」
――よくやったな、クラウド。

山おじが発見した時、クラウドの腕はニブルウルフの口に突っ込まれたままだった。ニブルウルフは死んでいてクラウドは生きている。
細く白い腕は強引に突っ込んだ為に出来たのだろう牙の痕が長くつき、血を滲ませていた。
肉まで傷ついているものもあったが、命に別状があるような深い傷ではない。腱にも以上はなかった。
粘つく異臭がするモンスターの返り血を浴びたクラウドを抱き起こして、腕を引き抜く。
応急処置を終えると、山おじは岩場を見渡し、クラウドの戦いの後を辿った。
ニブルウルフの首にまだ巻き付いているワイヤーは、モンスターを罠にかけたからだ。やや離れた岩の上にクラウドが持って出ていったザックがある。
投げられたのではなく、置かれてあった。中身は野ウサギ。
クラウドはニブルウルフと偶然に遭遇。野ウサギをザックに入れていたクラウドは、まず獲物を差し出す。
だがニブルウルフの狙いは小さな野ウサギではなく、クラウド自身であったのだ。
この岩場はクラウドの猟場のひとつだ。いくつかの罠が仕掛けてある。
どうにかしてクラウドは罠のひとつにニブルウルフをはめた。
木の太い枝が折れている。きっと罠をこの枝に引っかけたのだ。そうやって非力な自分を補い、モンスターの首を絞めることに成功したものの、枝が折れてしまった。
生きるべく選択をしたクラウドは、ニブルウルフと肉弾戦をするしかない。
クラウドが軽傷なのは、奇跡。
そう理解した山おじは、安堵で身震いした。

「クラウド。本当によくやったな」
生まれて初めて讃えられ、クラウドの白い頬に血が上る。白磁の肌が染まっていくと同時に、マネキンに命が吹き込まれた。
嬉しくて、でも照れくさい。やっぱり嬉しい。
どんな顔をしていいのかわからない。
照れながら山おじを見上げるクラウドは本当に愛らしい。命を吹き込まれた彼は、とても魅力的な少年なのだ。
厳つい顔を緩め、収まりの悪い金髪を撫でる。
「でも、僕。もっと強くなりたい」
「強くなるのか」
「うん。山おじみたいになりたい」
モンスターと戦ってみてよく解った。
クラウドはまだまだ弱い。単純に身体の大きさや、年齢。まだ子供だからというだけではなく、ひ弱なのだ。
「どうしたら山おじみたいに強くなれるのかなあ」
クラウドにとって強さの理想像は山おじなのだ。
美しい少年にこう言われて怒る人間などいはしない。山おじは苦笑いをしながら、困ったように呟く。
「ワシみたいになあ...」
「クラウド。わしは兵士だったんだ」
「兵士?」
どこの?とは訊くまでもない。
「神羅軍にいたの?」
「そうだ。ソルジャーのなり損ねだ」
さあ、もう寝ろ。
ベッド脇のテーブルの上に、水差しを置いてから、山おじは部屋から出ていった。
広く逞しい背中はクラウドにとって強さ、つまり父性そのものなのだ。
初めて訊いた山おじの過去がぐるぐる回る。
――神羅の兵士だったなんて。
強い筈だ。神羅軍と言えば世界最強のソルジャーを有しているのだから。
――そう言えば、ソルジャーになり損ねた、って言ってたよね。
一気にソルジャーへの好奇心が膨らむ。
兵士でしかない山おじでさえあんなに強いのだ。ソルジャーならばどれ程のものか。
――ソルジャーになりたいな。
強くなってソルジャーになりたい。何者にもモンスターにも立ち向かえるだけの男に成りたい。
ニブルウルフに刃を剥けた瞬間、クラウドは悟ったのだ。
クラウドが生きているのは、こうして戦う為なのだ、と。
命の遣り取りをして、クラウドは初めて己の生を強く実感したのだ。
生かされているのではない。クラウドは己の意志で生きている。
だからこそソルジャーになって、もっと強くなって――生きる。

――ミッドガルに行こう。
眠りに落ちる寸前に過ぎった考えは、クラウドにとって初めての希望であった。


 




END


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