その物語を初めて聞いた時。
青い鳥を捕まえて幸せになりたくて必死にうろつき回ったあげく、家にいましたよ。じゃオチにもならねぇと正直どこが面白いのかさっぱりわからなかった。
誰かに幸せにしてもらおうっていう根性も俺には甘ったれにしか思えなかった。
まぁそれはあくまで例えの話で、幸せというのは自分の身近なところにあり、そして自分自身で掴むことの大切さを子供にわからせる為の物語なんだともわかったから、ご丁寧にも講釈まで交えて教えてくれた大人のことも、心の底からバカだと思った。
その時心のままにふて腐れた顔した俺だったから、大人は可愛げのないガキだと苦々しく思っていたことだろう。
俺は本当にただのガキだったけど、自分の境遇も、そのせいで疎まれていることも知っていた。
そんな俺に物語にかこつけて講釈を垂れる大人ってのも相当に性質が悪いなと感じたくらいで特別傷ついたりもしなかったのは、俺が本当に何も信じていなかったからだろう。
ガープは助けてくれたが、信用は出来なかったし、そもそも信用するとかってことが俺には良くわかっていなかった。
誰かに抱きしめられたこともなければ、おやすみのキスすらもらったこともなく、人と触れ合うということ事態物語の中だけの出来事で、寂しいという気持ちすら理解出来ていなかった子供が俺だ。
だから、俺は一人でも平気だったし、一人の方が気楽だった。
ダダンに預けられた赤ん坊の頃からそうだったのかはわからないけど、物心ついた頃にはそんな調子だったから当然扱い難いガキで、可愛げだってなかったと今ならわかるが、あの頃の俺はそれが普通だった。
コルボ山は俺にとっては格好の逃げ場だった。
煩いダダンや俺を見ながら、俺の中の誰かを見ている風な視線が煩わしかった。
毎日のように駆けて行っては時間を潰した。
人間が近寄らない山は最高だ。
危険な獣だって人に比べたら怖くもない。
鬱蒼と覆い茂った木々の間から僅かに光りが差し込んでいる。
光りの零れる葉と葉の間から見えるのは何処までも高く遠い空だ。
こうして見上げると空も随分遠い。
顔中にそばかすを散らした俺は空を睨み付けると、握っていた木の棒を体の前へ突き出し、その反動で太い幹へ足を蹴り入れると器用に木の上へ登って行く。
幹の太さが俺を支えきれずに軋んだ音を立てるくらいに細くなるまで上へ登りぐいっと背伸びをしてみれば、大きな緑の小山からちらりと見える黒い髪。
そばかすだらけの俺は山の一番上。
一番高い木に登り、その先にある遠くを睨んだ。
これはひとつの儀式だった。
この先に俺は行く。
ガープは海軍へ入れと顔を見せる度に言うが、そんな気は更々無い。
キラキラと僅かに光る海面の揺らぎをしっかりと見据え、そうしてまた素早く木を降りると今度はグレイ・ターミナルへ向かって駆け出した。
そこには行ってはいけないと言われているから、余計に行ってやると思っている。
未来の先に進む為には金が要るし、金目のもんを探すには大人に絡まれるのも仕方ない。
そんな日々を繰り返していたある日。
俺の前に本当の青い鳥が現れた。
バカにしていたし、ありえないと思っていた青い鳥。
★お約束のすれ違い。
「気持ちいいんだろう?」
表情と声がバラバラだ。耳に寄せて囁く声は嗤いを含んでいるのに、顔はちっとも笑っていない。
俺の好きな笑い皺も消えてしまったままだ。
「キスだけで勃ってるよい」
ズボンの生地越しに指でなぞられた。下腹部がじんと熱い。そこがどうなっているのか自覚があるだけに顔に熱が集まる。
逃げようとすると腕をつかまれ、柱に体を押しつけられた。
「マルコ?」
マルコは微笑んでいる。少し大きめの口は笑みを浮かべているのに、少しも笑っているように見えない。冷たく観察するように俺を射貫いている。
顔が近づき、耳の端を甘噛みされた。びくりと肩が揺れた。
「嫌だ」
体を押し返そうとした手をきつく掴まれ束ねて頭上に縫い止められる。
「イゾウにさせるのはいいのか?」
「イゾウって?」
「さっき囓られてたじゃねぇか」
マルコの言葉の意味がわからない。
「食堂で随分仲良さそうにしてたよい」
耳を唇で食みながらしゃべるから、僅かな振動も甘い疼きとなって神経を震わせる。
マルコの言葉の意味や自分の受けている状況も、そして反応を示す自分の体にもついてゆけなくて、とにかくこの場から逃げなくてはと、体を捻ると、逃がさないというようにマルコの手が素肌に触れる。
腹に触れた手の感触にひくりと腰が引けるが、背後が柱では逃げようがない。
肋骨をなぞるように指先が動き鎖骨へと伸びて首筋へ上がり止まる。
この前の夜にも触れられた箇所を数度撫でると、そこにマルコが咬みついた。
「んっ――」
痛みを感じる程に咬まれて、マルコの唇が離れると、じくじくと熱を持った傷口を撫でられる。
心臓が狂ったようにどくどくと鳴っている。多分マルコの指にも伝わっている筈だ。
胸に移動して尖りを探る腕を引き剥がそうにも片手だけで押さえられた両手は自由にならない。
「やめっ・・・ろよ・・・」
やめて欲しくて顔を上げれば、マルコの切なく歪んだ笑みが目に入った。
「わるいな、やめれないよい」
穏やかと言いたくなるくらいの口調で、酷いことを言う。
胸を撫でていた指先が突起を見つけ爪をひっかけた。
「――あっン――」
俺から思わず音が漏れる。まるで女のような奇妙な声に羞恥心で血が昇る。
「嫌だ……!」
どうしてこんなことをするんだろう。
小さな突起を抉り、押し潰す。また声が漏れそうになって唇を噛み締めると、それを咎めるようにマルコの舌が口端を舐めた。
強要するでもなく、あやすようにつつかれ噛み締めた唇が綻ぶ。緩んだ唇の隙間からマルコの熱い舌が入り込み深く口づけた。
舌先で追い上げられ、神経がそちらに集中した隙をついて、マルコの手の平が胸の尖りを押し潰す。
咥内は舌で追われ、手の平では尖りを弄ばれ、背筋がぶるぶると震え、隠し切れなかったいやらしい声が何度もマルコの舌に絡む。
もうすでに押さえられた拘束も形だけのものとなっている。
力を込めたら外れる筈なのに指先まで震えて力なんか入らない。
かちゃり、とベルトを外す金属音が耳にやけに響いた。マルコの手が何処を目指しているのか見なくてもわかる。
恥ずかしさでどうにかなりそうだ。
これ以上火照りようのない頬が更に熱くなり、くらりと目眩がした。
咥内を動き回っていた舌が、ぬるりと出ていくと、濡れた唇から首筋にまで落ちた唾液を舐め取られ、もうやめて欲しくて首を振った。
マルコが触れた箇所だけ火傷をしたように発火していく。こんな感覚の受け方も逃し方だってわからない。
「……マル…コ…」
どうして。
どうして触れるんだよ。
ジッパーが下りて、下着の上から指が撫でる。反射的に脚を閉じようとしたのに、マルコの膝が強引に割り開いた。
「……嫌だ」
言葉は虚しく響く。嫌なのに、やめて欲しいのに、体は感じて溶けているから、まるで信憑性がない。
俺はぎゅっと目を閉じた。
手が下着の中へ入り込み直接撫でられる。
痛いくらいに唇を噛み締めた。
そうしなくては声が洩れてしまう。
「……すげえ濡れてるよい」
意地悪でもなく、熱を帯びた声に、更に唇を噛み締めた。